ランナーのための鍼灸治療

初めに

地域柄なのかマラソンやランニングされる方も多くご来院されております。人によっては仕事をしながらも月間700kmもの距離を走る方もおられます。

ランナーさんの痛みや不調はいくつかのパターンに分かれるのですが、原因の主なものはオーバーユース(使い過ぎ)症候群です。それ加えてランニングフォーム、重心の癖、栄養状態、睡眠の不調、路面の硬さ、など複合的な要因が重なって起こります。

多くのランナーさんの症状に対して鍼灸によって非常に早いスピードで治ることも頻繁にあり、ランナーさん方からのクチコミでご来院される方も非常に増えてきました。

以下に疾患別の原因、病態、施術などについて記していきます。

ランナー膝(ランナーズニー)

ランナー膝はランニングによって起きる膝関節周囲のスポーツ障害の総称ですが、その中で頻発する病態として腸脛靭帯炎、鵞足炎について述べたいと思います。

まず腸脛靭帯炎とは一般的には長距離のランニングによって腸脛靭帯が緊張を起こし、大腿骨の下端と接触することで炎症を起こすものとされています。しかしその実態のほとんどは腸脛靭帯に連なる大腿筋膜張筋の過緊張によって腸脛靭帯が牽引されることによる痛みです。ほとんどのケースで炎症は起きていないと考えています。その証拠に早い患者さんで施術直後から痛みが完全に取れていることも多いのです。もし炎症があればそのようにはいかないのではないでしょうか。

また腸脛靭帯炎として誤診されるケースとして小臀筋という股関節のインナーマッスルに硬結と言われる筋肉の結び目のような小さなコリが起きることによって、それをトリガーポイント※として大腿から膝の外側にかけて関連痛を起こすことがあります。痛みの出たところだけに注目してしまうと腸脛靭帯炎のようにも見えてしまうのですが、小臀筋のトリガーポイントであることが多いです。

本来の腸脛靭帯炎の場合は大腿筋膜張筋に過緊張を鍼で取ることで治し、小臀筋のトリガーポイントの場合は小臀筋に鍼を打ってパルスを流すことで早期の改善をはかります。

つまりほとんどのケースで膝に湿布などをしても改善しない理由がわかっていただけると思います。

※トリガーポイント:

ある部位の筋肉の硬結(豆のような筋肉の凝り)がその部位とは離れた場所に痛みを発するきっかけ(トリガー)になるというメカニズムのこと。

ジャンバー膝

ジャンパー膝とは名前の通り、バレーボールやバスケットボールでジャンプ動作や着地動作を頻回に行うことで起きる膝周囲の痛みです。ほとんどは大腿四頭筋の過緊張やトリガーポイントによって起きるため、ランニングやサッカー等どんなスポーツでも起きる可能性があります。

整形外科的には大腿四頭筋の緊張と弛緩を頻繁に繰り返すことで、腱実質部に出血、浮腫、ムコイド変性(結合組織の粘液変性)、フィブリノイド変性(繊維様のものが組織に沈着して炎症を起こす)を起こして腱の微少断裂、完全断裂を起こすものとされています。

これに関しても当院にご来院される多くの場合では、大腿四頭筋の過緊張で膝蓋骨への牽引圧力が高まることで膝の痛みが発生したり、大腿四頭筋のトリガーポイントによる膝上部の痛みが発生していることがほとんどで腱断裂とみられる状態は極めて稀なケースという印象を持っています。

多くのケースで初回の治療から痛みが引いています。もちろん本当に炎症を伴っている場合はその限りではありませんが、その場合でも大腿四頭筋を弛緩させる鍼治療を行うことで痛みが少しひき、炎症を起こす直接的な原因であった摩擦力も抑えるため、数回の治療で痛みをとることがほとんどです。

このような場合、大腿四頭筋の過度なストレッチやマッサージで過緊張やトリガーポイントが取れることはほとんどないばかりか、大腿四頭筋が緊張したまま牽引させることで症状が悪化することがあるのでご注意ください。筋膜リリースポールやマッサージガンによる処置もトリガーポイント(硬結)を取ることは難しいと思います。それらが効くのは簡単に筋疲労による軽度の緊張だと考えております。

ハムの痛み

マラソンやランニングをされる方でハムの痛みを抱えている方は非常に多い感じます。

データとしても拮抗筋である大腿四頭筋よりもハムストリングの筋力が強いランナーの方がマラソンの成績が良いという結果が出ているため、ハムストリングや臀筋群を意識したランニングを心がけている方が多いからだと思います。

ただ、過度にハムストリングを意識しすぎているためか、もしくは単純にオーバーユース(走り過ぎ)のためハムストリングの過緊張が慢性化してしまい、運動後もハムストリングが弛緩しなくなってしまうことで筋膜性の疼痛が出ている方を多く見かけます。またハムストリングの慢性的緊張によって筋膜的につながりのあるふくらはぎ(腓腹筋、ヒラメ筋)の慢性的な緊張を誘発してしまっているケースも散見されます。

この場合も病側の腰のインナーマッスル、中臀筋、ハムストリングスなどに対してランナーに特化した鍼治療が有効である場合がほとんどです。(※国内で多く施術されている日本的な鍼施術(経絡治療)などはほとんど意味をなしません)

シンスプリント

シンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)は一般的には脛骨周囲の骨膜がオーバーユースで炎症を起こすことで痛みを発すると定義されています。運動時や運動後に脛骨の内側にズキズキと痛みを発することが多いと思います。

当院にもランナーの患者さんで同様の痛みを訴えてご来院される方が頻繁にいらっしゃるのですが、本当に骨膜の炎症による痛みなのか疑問を持っています。

前脛骨筋や後脛骨筋などに発生したトリガーポイントによって、脛骨内側付近に痛みを放散していることが非常に多いと感じます。特に触っただけでは痛みを感じないのに、動くと痛い場合には炎症ではなくトリガーポイントによる痛みであることが圧倒的に多いと思います。

東洋医学的なツボとしては前脛骨筋に関しては上巨虚、条口、下巨虚の深層、後脛骨筋は三陰交、漏谷などの深層にトリガーポイントが発生しやすいです。

トリガーポイントを発生させてしまった筋肉をどれほどマッサージしてもストレッチしても筋肉に発生したトリガーポイントを取ることは困難です。その場合鍼が第一選択だと私は考えています。

足底腱膜炎(足底筋膜炎)

ランナーの方で足底腱膜炎になったことのある方は多いと思います。

足底腱膜は足の踵の骨から足の指の付け根にかけて広がる腱膜ですが、足底腱膜は足のアーチを保持してランニング時の衝撃を吸収したり、吸収した力を蹴り出しの推進力に変えるウィンドラス機構にも関係しています。

測定腱膜炎の原因はオーバーユースによるものです。走ることの負荷によって足底腱膜が微細な断裂で炎症を起こしたり、周辺の組織が硬化して痛みを発しています。

足底腱膜炎を引き起こす可能性のあるトリガーポイントとして足指内在屈筋、腓腹筋(合陽、承筋、承山、飛揚の深部)、ヒラメ筋(復溜、築賓、跗揚の深部)に見つかることが多いです。つまり鍼治療としてはこれらのトリガーポイントに刺針することになります。病態の度合いにもよりますが、比較的早く痛みが取れることも多いです。

肉離れ

当院でもランナーに限らずバスケ選手、競輪選手などのアスリートの肉離れをみる機会は非常に多いです。そして鍼治療が短期間に著効することが非常に多いです。

まず肉離れの病態は非常に簡単なものが多いです。ハムストリングス、ふくらはぎ、大腿四頭筋などの微細な筋繊維が切れることによって、周囲もしくはその筋全体が硬化してしまう状態です。痛みを感じるのは、筋繊維が切れたことよりも、周囲の筋肉の硬化したことによるものです。

軽度、中等度(筋腱移行部損傷型)、重度(筋腱付着部損傷型)と3タイプありますが、ほとんどは軽度、まれに中等度です。

鍼治療としては筋の微細な断裂が起きた箇所がトリガーポイントとしての硬結となり、その周囲が筋緊張を起こしているので、ツボというよりもトリガーポイントそのものに鍼を打ちつつ、筋肉全体を柔らかくするための全身治療を施します。これでほとんどのケースの肉離れは治ることが多いです。ただ、肉離れを繰り返している方や硬結が繊維化して慢性化している方は継続治療が必要です。

また、肉離れを起こす方に共通する特徴として普段から筋肉が非常に硬くなっている状態で急な動きをしたり、ハードなトレーニングをしてしまっていることです。つまり普段から鍼などで筋緊張を緩和していれば肉離れを起こすリスクも軽減することができます。ちなみに私はマッサージの国家資格も持っていますが、マッサージと鍼治療では筋緊張の取れ方は段違いで、鍼治療を強くおすすめします。

以上のようにランナーの方が抱える筋肉などの軟部組織の問題に対して、鍼治療は有効なことが極めて高いです。またランニングパフォーマンスを上げるためにも鍼治療は適しています。いろいろな施術をご経験されて鍼治療に行き着くランナーさんは増えていると感じます。