鍼灸によってパーキンソン病(症候群)の進行を遅らせたり、症状が改善した事例は多くあります。
目次
概要
パーキンソンと言った場合、パーキンソン病とパーキンソン症候群に分けられます。症状(パーキンソニズム)はほとんど同じなのですが、その原因に違いがあります。パーキンソン症候群についてはもともと鍼灸の効果があると感じていて、パーキンソン病に関しては未知数だと思っていたのですが、治療してみると効果があることがわかってきました。
パーキンソン病(症候群)の症状
・安静時振戦(4〜6Hz)
動作をせず静止している時に手に震えが出る。丸薬丸め運動。パーキンソン病の初発症状として知られていますが、特にパーキンソン症候群ではこの症状が出ないケースも多くあるように感じています。
・筋肉固縮
筋緊張が亢進するため、肘関節を曲げた状態から伸ばしたりする時に鉛の管を曲げるような抵抗が見られたり(鉛管現象)や断続的に緊張が見られ歯車を回す時のような抵抗になることもある(歯車現象)。体幹や足の筋緊張はあってもこれらの症状が出ないことも多く見受けられます。体幹のインナーマッスルが緊張して前傾姿勢になることもあります。
・運動減少(無動)
動作が乏しくなったり、ゆっくりになったり、細かい動作がスムーズに行え無くなったりする。また声が小さくなり、字がだんだん小さくなるなどの特徴もある。(小字症)
また心の状態を表情に表せなくなる仮面様顔貌という症状としても出てきます。
・姿勢反射障害
健康な人は体の状態を無意識に脳で感じ取り、姿勢を自然に立て直して直立姿勢を保ちますが、パーキンソンの患者さんではそれができなくなります。例えば、直立した状態で胸を軽く押すと姿勢を保持できずに倒れてしまいます。
・歩行障害
姿勢反射障害に伴って、歩きだしの一歩がなかなか出ない(すくみ足)、前かがみで床をするように小刻みに歩く(すり足歩行、小刻み歩行)、いったん歩き始めると上半身が前のめりになって加速して止まれなくなる。
・自律神経症状
パーキンソン病では、便秘、排尿障害、起立時に血がサーっと引く様に立ちくらみ(起立性低血圧)、顔が油っぽくベタベタとする(脂漏性皮膚)などの自律神経症状が見られることがあります。
・精神症状
精神症状としては抑うつ、不安、認知症、睡眠障害などを呈する人も多くいらっしゃいます。
パーキンソン病の重症度分類
パーキンソン病の重症度や進行度を表すものとしてHoehn&Yahr(ホーエン・ヤール)の重症度分類というものがあります。これを臨床でよく使われる分類です。ステージが低い方が進行を遅らせたり改善しやすいと感じます。
stage | 症状 | 生活への影響 |
Ⅰ | 症状は片側のみ(半身) | 日常生活にほとんど影響なし |
Ⅱ | 症状が両側にある。 | 日常生活はやや不便だが可能 |
Ⅲ | 姿勢反射障害が見られる。 | 自力での生活がなんとか可能 |
Ⅳ | 重篤な障害が見られるが歩行はどうにか可能 | 生活に一部介助が必要 |
Ⅴ | 立つことが不可能 | 寝たきりや車椅子での生活 |
パーキンソン病(症候群)の種類と原因
冒頭で申し上げた通り、パーキンソニズム(パーキンソン特有の症状)を起こすものとしてパーキンソン病とパーキンソン症候群に大別できます。以下のように中脳に細胞の変性があるものをパーキンソン病、それ以外のものがパーキンソン症候群と呼ばれています。
◯パーキンソン病(中脳の細胞の変性あり)
パーキンソン病は脳の深部に位置する中脳の黒質と呼ばれる部分があります。そしてその部分ではドーパミンという神経伝達物質を放出して適度な筋緊張を保つ(筋緊張を抑える)働きをしています。しかし脳の血流障害などによって黒質部の細胞の変性(壊れる)が起こることでドーパミンが産生できなくなりスムーズな動きができなくなったり、表情が作れなくなってしまったりするのです。
◯パーキンソン症候群(パーキンソン病以外のもの)
・薬剤性パーキンソニズム
パーキンソン病はドーパミンが産生されないことによって症状が起きるのですが、薬剤性パーキンソンは特定の薬剤の副作用で脳の中でドーパミンが機能しなくなってしまうことで起きます。パーキンソニズムを誘発する薬剤は下表のように多岐にわたります。鍼灸臨床の中で比較的多く見るのが向精神薬によるパーキンソニズムです。
薬剤 | 一般名 | 商品名 | |
精神科 | 抗精神病薬 | クルプロマジン | ウインタミン、コントミン |
ハロペリドール | セレネース | ||
スルピリド | ドグマチール、アビリット | ||
消化器科 | 抗潰瘍薬 | スリピリド | ドグマチール、アビリット |
メトクロプラミド | プリンペラン、エリーテン | ||
循環器科 | 降圧剤 | メチルドパ水和物(α-メチルドパ) | アルドメット |
レセルピン | アポプロン |
・脳血管性パーキンソニズム
大脳基底核と呼ばれる部位での血行障害により起きるパーキンソニズムです。疾患名としては多発性脳梗塞(ラクナ梗塞)やビンスワンガー病(Binswanger病)があります。多発性脳梗塞は近年の血圧管理により減少傾向ですが、脳梗塞の中でも非常に多いタイプです。
・中毒性パーキンソニズム
一酸化炭素中毒やマンガン中毒により起きるパーキンソニズムです。
パーキンソン病(症候群)の投薬治療
既にご説明下通り、パーキンソニズム病(症候群)はそれぞれの原因でドーパミンが欠乏したり、ドーパーミンが作用しなくなることで特徴的な症状を起こします。よって脳神経外科や神経内科、パーキンソン病専門院での投薬治療の手段としては、ドーパミン自体を投薬によって増加(ドパミン前駆物質)、ドーパミンと同じような作用をする物質を投与(ドーパミンアゴニスト)、減少したドーパミンと反比例して増加する物質を抑制する(抗コリン薬)、ドーパミンの放出をより促すような作用をする物質を投与(ドーパミン遊離促進薬)、することなどになります。
種類 | 商品名 | 作用 | 副作用 | 特徴 |
ドパミン前駆物質 | ドパール | 不足したドーパミンを増やす。 | ・悪心、嘔吐、ジスキネジア、幻覚 ・長期服用によりWearing off(別項目で説明) |
パーキンソン症状に対して最も有効だが、wearing offを起こしやすい。 ※wearing offとは? |
マドパー | ||||
ネオドパゾール | ||||
ネオドパストン | ||||
メネシット | ||||
ドパミンアゴニスト | パーロデル | ドパミン受容体に結合してドパミンの様な作用をする。 | 吐気、食欲不振、浮腫、幻覚 | L-dopaより効果は弱いがwearing offが起きにくい。しばしばL-dopaに併用される。 ※70歳以下で認知症のない早期パーキンソン病に対しては本剤の単独投与から始めることが多いそうです。 |
ペルマックス | ||||
カバサール | ||||
ビ・シフロール | ||||
レキップ | ||||
抗コリン薬 | アーテン | ドパミンと反比例して増加するアセチルコリンを減少させる | 口渇、排尿困難、めまい、ふらつき、認知症 | ・薬剤性パーキンソン症候群、軽症のパーキンソン病に用いられる。 ・認知症を悪化させることがある。 |
アキネトン | ||||
トリモール | ||||
パーキン | ||||
ドパミン遊離促進薬 | シンメトレル | 幻覚、せん妄、網状皮斑 | ・もともとA型インフルエンザの抗ウイルス薬 ・筋強剛、無動・寡動、姿勢反射障害には有効だが、振戦への効果は乏しい。 |
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MAO-B阻害薬 | エフピー | ドパミンを代謝(消費)する物質を阻害する | 幻覚、せん妄、ジスキネジア | L-dopaの作用を高めることができ、しばしば併用される |
COMT阻害薬 | コムタン | ドパミンを代謝(消費)する物質を阻害する | 便秘or下痢、着色尿 | L-dopaによるwearing off現象を起こしにくくすることができ、併用されることが多い。 |
L-dopa賦活薬 | トレリーフ | ドーパミン前駆物質を働きやすくする | 副作用は少ない | ・L-dopaに併用される。 ・振戦、wearing offに有効 |
パーキンソン病(症候群)の鍼灸治療
現代医学ではドーパミンを産生する中脳黒質の病変にスポットを当てて、パーキンソン病の原因究明が行われていますが、なぜ中脳が変質してしまうのか?という話はあまり出てきません。
しもう少し発想をシンプルにて見ましょう。まず脳というのは最も酸欠、虚血に弱い組織なのです。つまり血流障害や血流不足によって神経細胞のアポトーシス(細胞が起こす死)が起きます。それが中脳黒質で起きた場合にパーキンソン病を発症すると考えるのです。つまり鍼灸治療でやるべきことは中脳黒質部に向かう血流量をあげることなのです。ほとんどの体の組織というには血流が十分に行き渡っている以上は新陳代謝が促され病変は起きにくものなのです。例えば、ドイツでは脳卒中の急性期の治療として針治療に保険が適用されています。それは針治療をすることによって脳の特定部位の血流が改善されることがわかっているからです。うつ病などの脳内の問題に鍼灸が効くのも、鍼灸治療が脳の血流を促したり、血流を阻害している要因を解決できるからに他なりません。
そしてパーキンソン病患者の白血球は顆粒球過多になっていることから、交感神経緊張状態であり、結果的に脳の血流を悪くしていると考えられます。パーキンソン病についてもやはり体全体を司る自律神経系の失調が関連していると思われるのです。(関連記事:自律神経失調症)
よって鍼灸治療においてやるべきことは以下の3つです。
(1)心臓から脳への血液の通路である頚部(首)の強張りを取り、血流をスムースにする
これはパーキンソン病に限らず、脳卒中などの脳血管障害やうつ病、神経症、自律神経失調症、頭痛、不眠、めまいなど脳の機能障害などにも必ず行う治療手順になります。
血液が心臓から脳に行く過程や、脳から心臓に戻ってくる過程で、頚部の筋肉の過緊張によって血流が滞ってしまえば当然脳はクリアな状況ではなくなってしまいます。問題となる筋肉は多裂筋、頭半棘筋、板状筋、斜角筋などになります。これらの筋肉上にあるツボへの刺針をし、筋肉の緊張状態を解除します。
(2)頭蓋内(脳内)の血流を最高の状態にする。
次に、頭蓋内の血流をあげます。もちろん頭蓋骨の外に刺激を加えることで脳内の血流をあげるのです。これはイメージ的に怖いと思う方もいるようですが決して怖いものではありません。なぜなら頭皮に刺鍼するからです。
ただ、次のような疑問を感じるかもしれません。「頭皮に針を刺して、なぜ骨によって隔てられている脳内の血流がアップするのか?」
この答えは頭蓋骨には目に見えないような小さな穴が空いている部分があり、頭蓋骨の内と外で血液が交通しているのです。つまり頭皮の血管が刺鍼によって広がることで、それと繋がっている脳内の血管も広がり、血流が活発化されるというものです。実際に医療先進国のドイツなどでは一定の条件を満たした脳出血の急性期に頭皮への針治療が実施されています。
ツボで言えば百会などはかなり血流改善効果が高いツボとして知られていて、心が安定化したり睡眠障害なども改善されます。その部位には導出静脈が出入りする微細な穴が存在します。
(3)自律神経系の失調状態を是正して全身の血管を適正化する。
頚部から胸部あたりの背骨の両側数センチの深部には自律神経節と呼ばれる交感神経の繊維を接続する部分があります。その部位が筋肉の強張りやそれによる関節のズレなどによって刺激を受けることで交感神経が緊張状態になってしまうのです。つまり交感神経の緊張を適正に保つ為に背骨の際のツボに刺鍼していきます。
(4)血流の改善をした上で全身の筋肉の強張りを緩和する
上記(1)〜(3)の施術をした上で、患者さん一人一人の強張りが顕著に出ている部位への局所刺鍼を行い、筋肉を緩めていきます。具体的な筋肉としては表情筋、僧帽筋、上腕二頭筋肉、大腰筋、腸骨筋、大腿直筋、中間広筋、後脛骨筋などになります。これらの筋肉を緩めることで体の動作をスムーズにしていきます。
その他パーキンソン病関連の知識
ウェアリングオフ現象とはL-dopaの長期服用により、L-dopaの有効時間1〜2時間に短縮し、効果が切れるとパーキンソン病の症状の悪化が見られること。
症状が急激に良くなったり、悪くなったりすること。原因は解明されていないが、脳内でのL-dopaの吸収障害などが指摘されている。
L-dopaの急激な遮断、抗精神病薬(ドパミン受容体遮断薬)の投与や脱水などによって高熱、精神症状(意識障害、昏迷)、自律神経症状(発汗、よだれ、頻脈)、錐体外路症状(筋強剛(固縮)、振戦)などを起こすことを言う。